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前橋地方裁判所 平成元年(ワ)321号 判決 1992年2月26日

反訴原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

白井巧一

反訴被告

エイアイユー保険会社(以下「エイアイユー」という。)

右日本における代表者

得平文雄

反訴被告

大成火災海上保険株式会社(以下「大成火災」という。)

右代表者代表取締役

佐藤文夫

反訴被告

大東京火災海上保険株式会社(以下「大東京火災」という。)

右代表者代表取締役

小坂伊左夫

反訴被告

同和火災海上保険株式会社(以下「同和火災」という。)

右代表者代表取締役

岡崎真雄

反訴被告

住友海上火災保険株式会社(以下「住友海上」という。)

右代表者代表取締役

徳増須磨夫

反訴被告

富士火災海上保険株式会社(以下「富士火災」という。)

右代表者代表取締役

葛原寛

反訴被告

日動火災海上保険株式会社(以下「日動火災」という。)

右代表者代表取締役

江頭郁生

反訴被告

東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上」という。)

右代表者代表取締役

矢生太陽

右反訴被告ら訴訟代理人弁護士

山岡正明

岩崎茂雄

白田佳充

主文

一  反訴原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  反訴請求の趣旨

1  反訴被告(以下「被告」という。)らは、それぞれ反訴原告(以下「原告」という。)に対し、別紙請求一覧表の請求金額欄記載の各金員及びこれに対する平成元年八月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言

二  反訴請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  反訴請求原因

1  原告は、被告らとの間に、それぞれ別紙保険契約目録記載の各保険契約を締結した。

2  原告は、右各保険契約の有効期間中である昭和六三年七月二二日午前一一時四五分ころ(現地時間)、アメリカ合衆国グアム島内のソーテツトロピカーナホテル八〇六号室内において、包丁により左手拇指を切断した(以下「本件事故」という。)。

3  原告は、右負傷により、事故当日、現地のグアムメディカルホスピタルにおいて治療を受け(通院日数一日)、治療費一〇五〇ドル九三セント(当日の為替レートが一ドル一四〇円七〇銭であるから日本円にして約一四万七七六〇円)を支払った。

4  原告は、右事故の翌日(同月二三日)から同年八月二二日まで、富沢医院において通院治療を受け(通院日数三〇日)、治療費一万二四七〇円を支払った。

5  原告の右傷害は、傷害保険普通保険約款別表2の8、(1)の一手の拇指を指関節(指節間関節)以上で失ったときに該当し、支払保険金額は、後遺障害の保険金額の二〇パーセントである。

6  したがって、原告は、被告らに対し、別紙保険金支払請求権一覧表のとおりの各保険金の支払請求権を有する。

7  よって、原告は、被告らに対し、それぞれ請求の趣旨記載の各金員及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成元年八月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  反訴請求の原因に対する認否

1  反訴請求原因1の事実は、認める。

2  同2のうち、原告が、その主張する日にアメリカ合衆国グアム島内において、左手拇指を切断したことは認め、その余は知らない。

3  同3の事実は、明らかに争わない。

4  同4のうち、原告が、その主張する期間中、富沢医院において通院治療を受けたことは認め、その余は知らない。

5  同5のうち、一手の拇指を指関節(指節間関節)以上で失ったときの支払保険金額が、原告主張のとおりであることは認め、原告の受傷がこれに該当することは否認する。

6  同6、7は争う。

三  抗弁

1  告知義務違反及び重複保険契約締結の際の通知義務違反による解除

被告大成火災は昭和六三年一一月五日、その他の被告ら七社は同年九月二一日、それぞれ原告に到達した書面により、後記の各事実に基づき、それぞれ請求原因1記載の本件各保険契約を解除する旨の意思表示をした。

すなわち、本件各保険契約約款には、保険契約者などが契約に際し、契約書記載事項について、知っている事実を告知せず、または、不実の告知をした場合には、保険会社は、告知義務違反として保険契約を解除することができる旨及び保険契約者などが契約締結後、重複して保険契約を締結するときは、その旨を先に契約した保険会社に通知する義務があり、その義務を怠ったときは、保険会社は、通知義務違反として保険契約を解除できる旨、各規定されているところ、原告は、本件各契約締結前にすでに他の保険にも加入している事実があったにもかかわらず、これを告げず、または、右保険契約締結後、多数の保険契約を締結した事実があったのに、かかる事実を通知しなかったもので、原告には、本件各保険契約につき、右義務違反が認められる。

そして、仮に、右不告知を理由として解除することが、社会通念上公平かつ妥当と解されることを必要とするにしても、後記2記載の事実から、原告は、故意に事故を発生させて保険金を受領しようとしたものであり、多数の保険契約の加入などの事実を故意に告知ないし通知しなかったものであるから、右要件を満たし、解除は有効である。

2  故意の受傷による免責

本件各保険契約においては、保険契約者などの故意によって生じた傷害については保険金を支払わない旨の約定が約款により規定されているところ、以下の事由からして、本件事故は、原告が保険金を取得するため故意に生じさせたものであることが窺われるから、被告らには、保険金の支払義務はない。

すなわち、

(1) 原告は、本件事故前一年間という短期間の内に、多数かつ高額の傷害保険に加入している。

(2) 右保険の保険料は、原告の収入に比して、極めて高額であると考えられるのに、原告は、自己の収入源を明らかにしようとしない。

(3) 原告は、本件事故の僅か八か月前にも、手斧で本件受傷と同一箇所の左手拇指を切創し、創縫合手術を受けている。その際、原告は、右事故により保険金の支払いを受け、しかも、右拇指の先の方が右事故により、本件事故当時も麻痺状態になっていた。

(4) 本件事故についても、切断された指の部分があれば、縫合手術により接合しうるのに、右拇指部分を切断直後、ホテルのトイレに流して紛失したとの曖昧な主張をしている。

(5) 右事故の態様も、左手拇指をやしの実の中央付近に置いて、刃渡り約二九センチメートルもある大きな包丁で、力一杯振り落とし、その結果、一撃の下に指が切断されているなど、事故態様が不自然である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、本件各保険契約に、通知義務及び告知義務が規定されており、原告にかかる義務違反があったこと、被告らから原告に対して、被告ら主張の日に右各契約解除の意思表示があったことは認めるが、解除の効力については争う。

原告は、各保険契約締結の際、普通保険約款の告知・通知義務の内容を全く知らなかったのであるから、約款の規定はその契約内容になっていない。

仮に、そうでないとしても、前記約款に基づく解除には、信義則に反し、解除権の濫用に当たらない特段の事由が必要である。

2  抗弁2のうち、右各保険契約には、故意によって生じた傷害についての免責の約定があることは認め、本件事故が原告の故意によるとの点は否認する。右事故は、原告の過失によるものである。

すなわち、原告は、本件事故の当日、旅行の同伴者である乙川二郎、丙沢三郎らとともに、水割り一、二杯を飲んだ後、右乙川らに、先に拾ってきたやしの実を割って、そのジュースを飲ませてやろうと、棚の上で、前日に購入した包丁でやしの実を割ろうとした際、誤って、やしの実を押さえていた左手拇指を切断してしまったものである。

第三  証拠<省略>

理由

(反訴請求原因について)

一反訴請求原因1(本件各保険契約の締結)の事実は、当事者間に争いがない。

二同2(事故の発生)、同3(現地での治療)、同4(日本での治療)の各事実のうち、原告が、右各保険契約有効期限中である昭和六三年七月二二日、アメリカ合衆国グアム島内において、左手拇指を切断したこと、原告が事故の翌日の同月二三日から同年八月二二日まで、富沢医院において通院治療を受けたことは、当事者間に争いがなく、原告が、事故当日、右受傷により現地のグアムメディカルホスピタルにおいて治療を受け(通院日数一日)、治療費一〇五〇ドル九三セント(当日の為替レートが一ドル一四〇円七〇銭であるから日本円にして約一四万七七六〇円)を支払ったことは、被告らが明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

右事実と<書証番号略>、証人乙川二郎、同丙沢三郎の各証言、右本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、前記受傷年月日の午前一一時四五分ころ(現地時間)、ソーテツトロピカーナホテル八〇六号室内において、包丁でやしの実を割ろうとした際、右包丁により左手拇指を切断する傷害を負い、事故当日、現地のグアムメディカルホスピタルにおいて、その治療を受け(通院数一日)、治療費一〇五〇ドル九三セント(当日の為替レートが一ドル一四〇円七〇銭であるから日本円にして約一四万七七六〇円)を支払ったこと、また、右事故の翌日の同月二三日から同年八月二二日までの間、富沢医院において通院治療を受け(通院日数三〇日)、治療費一万二四七〇円を支払ったことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

三同5のうち、一手の拇指を指関節(指節間関節)以上で失ったときの支払保険金額は、傷害保険普通保険約款別表2の8、(1)により、後遺障害保険金額の二〇パーセントであることは当事者間に争いがない。

そして、前掲各証拠によれば、原告の右受傷が、一手拇指を指関節(指節間関節)以上で失ったときに該当することが認められ、これに反する証拠はない。

(抗弁2について)

一抗弁2(故意の受傷)のうち、本件各保険契約には、保険契約者などの故意によって生じた傷害については保険金を支払わない旨の約定が約款により規定されていることは、当事者間に争いがない。

二被告らは、本件事故は、原告が保険金を取得するために故意に生じさせたものであるとして、免責を主張しているので、まず、この点につき検討する。

1  前記認定事実及び前掲各証拠、原告本人尋問の結果と<書証番号略>、右各証言、証人乙川二郎及び丙沢三郎の各証言、原告本人尋問の結果(右関係各証拠のうち、いずれも後記信用できない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実を認めることができる。

(1) 原告の身上関係等

イ 原告は、肩書住所地において、昭和三九年から二棟計一六部屋のアパート経営をしており、また、同五二年には金融業の免許を取得し、本件事故当時も金融業を営んでいた。

しかし、原告の本来の主たる職業は、トンネル工事の土木工であり、昭和六一年一二月三〇日に交通事故に遭うまではトンネル工事に従事しており、現在も、北陸新幹線工事の現場で働いている。

ロ 原告は、昭和六三年五月、妻春子と離婚し、現在、子供二人と同居して養育している。

ハ 原告は、本件のグアム島への旅行の同行者である乙川二郎及び丙沢三郎とは、トンネル工事現場で同僚として知り合い、右乙川は、原告の右アパートに入居中であり、右丙沢も時折、原告のアパートを訪ねて乙川を交えて談笑する間柄で、原告が、これまでにグアム島を含めて、海外旅行歴一〇数回を有することなどから今回の旅行も、旅行日の約一か月前に三人で話し合って決め、原告が中心となって旅行手続きをした。

(2) 原告の保険事故歴等

イ 原告は、昭和六一年一二月三〇日、交差点における衝突事故により頚椎挫傷の傷害を負い、昭和六二年一一月三〇日まで通院治療をしている。この事故により、原告は、被告大東京火災より普通傷害保険金七〇万円、安田火災海上保険株式会社より搭乗者傷害保険金四四万円、農協共済より対人賠償保険金六三〇万円及び治療費七五万円余りをそれぞれ受領している。

ロ また、原告は、同年一二月二三日、自宅において洗濯機の修理中、手斧で、左手拇指に切創の傷害を負い、前橋市の富沢医院において創縫合手術を受け、同六三年一月七日まで計一三日間の通院治療を受けており、これにより、被告大東京火災より保険金一三万円、同大成火災より保険金六万五〇〇〇円、同エイアイユーより保険金六万五〇〇〇円を、それぞれ本件と同一の保険契約に基づいて受領している。そして、右傷害による保険金請求に際しての報告書(同年三月二二日受付)には、「親指先は、先の方がいまでもまひが続いています。」との記載があり、少なくとも、右報告書作成当時、原告は少なからず、左手拇指に異常をきたしていたものと推認しうる。

(3) 原告の収入、預金、生活状況等、

イ 原告は、昭和六三年当時、前記アパートの家賃として、一か月一八万円余りの収入があった(但し、常にアパートの全室に入居者があり、家賃収入が一定していたか否か不明である。また、原告は、家賃台帳等を作成せず、税の申告もしていない。)ほか、本件事故以前の前記二件の事故の保険金及び定期預金等約五〇〇万円を有していたが、生活費は右家賃収入でまかなっており、一か月一三万円程度の生活費で二人の子供と暮らしていた。

なお、原告が、右当時、金融業をしていたことは、前認定のとおりであり、原告は、貸付金もあったと述べるが、税の申告もなく、その詳細は不明である。

ロ また、原告所有の土地、建物には、極度額一〇〇〇万円の根抵当権設定登記がなされており、昭和六二年に解除により消滅しているが、右解除は、被担保債権の実質的債務者が、行ったものであり、原告とは、直接関係がなく、原告の右当時の資力等に影響を及ぼすものではない。

(4) 原告の本件各保険契約締結の状況

イ 原告は、前述のとおり、本件事故発生の約一年前の昭和六二年七月二八日、被告エイアイユーとの間の保険契約締結に始まって、事故直前の同六三年七月一三日の被告東京海上との間の海外旅行傷害保険に至るまで、一年間(しかも、うち五件は、同年三月から同七月までに集中している。)に、被告大東京火災、同エイアイユー、同大成火災の三社を除く被告ら五社と新たに、右三社とは継続的に(もっとも、被告大東京火災及び同エイアイユーは、一括払いの掛け捨てである。)保険契約を締結しており、特に、同年三月から四月にかけての僅か一か月余りの間に一括払い、掛け捨ての普通傷害保険ばかり四件に連続して加入している。また、この四件の保険加入の態様も、極めて酷似している。すなわち、原告の経営するアパートの住人である丁海四郎が直接保険会社に電話で加入の申込みをしたい旨連絡し、勧誘員が右アパートに赴くと、大家である原告宅に案内し、まず、右丁海が保険契約をし、その後直ちに、原告も保険に加入したいと述べて、その場で、あるいは数日置いて原告も一括払いによる普通傷害保険をして、予め用意した現金をもって保険料を支払っている。

また、その際、保険金額も特に勧誘員が提示するまでもなく、高額のものを指定しており、その合計額は、右の四件だけで、一億円をはるかに超えるものであるほか、同時に加入した右丁海は、その後、数回保険料の支払を銀行振込の形で行ったのみで、その後引き落とし未了のため契約自体が失効しており、同人に保険金を請求すべく勧誘員が原告のアパートを訪ね、原告に丁海の居所を尋ねても曖昧な返答しかせず、結局、所在不明のまま、契約が失効している。

ロ しかも、原告が加入した本件被告ら八社分の保険料は、被告大成火災を除く七社分が一時払いで総額五〇万九七〇〇円であり、右被告分が月払いで月額二万四九六〇円(年二九万九五二〇円)であって、総額八〇万円余りの保険料を支払っていることになる。

ハ その他、原告は、昭和六二年一二月二八日に興亜火災海上保険株式会社の積立ファミリー交通傷害保険に加入しており、その保険料は月額九九三〇円であり、また同年八月二九日、前記二人の子供名義で被告大東京火災の積立普通傷害保険に加入しており、その保険料は各月額五七九〇円(合計一万一五八〇円)であり、その他生命保険も、保険料月額四万三六五八円のもの一件、さらに(離婚した妻名義で)保険料月額約一万円余りのもの二件に加入して、その保険料を支払っている。

そして、以上の保険料を合算すると、原告は、少なくとも年間一七〇万円余りの保険料を支払ったことになり、その保険金額は、被告東京海上の海外旅行傷害保険七五〇〇万円をはじめ、他の普通傷害保険にあっても五〇〇〇万円が三件あるほか、本件被告ら八社分の保険金額合計は、三億四〇一四万二〇〇〇円という高額なものである。

ニ そのうえ、原告は、本件各保険契約締結の際、「他社契約なし」として、他社との保険契約をことさら秘匿し、本件事故後においても、被告エイアイユーの事情聴取に対し、右同様に回答し、また、旅行会社の社員にも「保険は掛けてこなかった」と述べていた。

(5) 本件事故の状況等

イ 原告並びに同行者の乙川二郎及び丙沢三郎らは、昭和六三年七月二〇日、アメリカ合衆国グアム島に到着し、宿泊先のソーテツトロピカーナホテル(原告ら三名の部屋は、八〇六号室)へ入った。翌二一日、原告らは、島内の観光を行い、観光地「恋人岬」では、やしの実に穴を開けて中のジュースをストローなどで飲む方法で販売している様子なども目撃した。

ロ 原告は、翌二二日午前九時から一〇時半ころまでの間、乙川とともに海水浴をし、ホテルへ帰る途中、ホテルの付近でやしの実一個を拾い、部屋へ持ち帰った。

ハ 部屋へ戻った後、原告ら三名は、部屋の奥まったところにあるテーブルでウイスキー等を飲み、普段酒類を口にしない原告もウイスキーの水割りをコップに二、三杯飲んで、談笑していたが、しばらくして、原告は、先に拾ってきたやしの実を使って、前日に購入した包丁の切れ味を試すとともに、右乙川らに「やしの実のジュースを飲ませてやるから」と言って、部屋の入口近くの高さ約七二センチメートルのライティングデスクの上に、やしの実を載せ、その上部に左手拇指が載るような形で押さえて、やしの実の中央付近めがけて、力を入れて包丁を振り下ろしたところ、やしの実を押さえていた左手拇指を基節骨中央部分より切断した。この時、原告が、「ギャー」というような声を出したため、まず、右丙沢が原告のいる場所に駆け寄り、トイレからトイレットペーパーを取ってきて止血処理をし、さらに、ハンカチ等で二の腕を縛って止血処理をし、次いで、駆け寄った乙川が血で汚れたトイレットペーパーなどを片付けてトイレに流したりした。そして、原告は、乙川らにパスポートや現金等を用意するように命じ、終始同人らに指示しながら、ホテル前に停車中のタクシーでグアムメディカルホスピタルへ右の二人と一緒に行き、全身麻酔のうえ、創縫合手術を受けた。

しかし、原告らは、当時、右事故をホテルに連絡せず、タクシーに乗車するためホテルのフロント前を通ったが、フロントにも事故を知らせないまま、右病院に向かった。

ニ 原告らは、右病院の医師から、切断された指先があればそれを縫合して付けることができることを聞かされ、「(指先は)どこにあるのか」と質問されたが、右指先は、すでに病院に向かう前に乙川が丙沢において止血処理したトイレットペーパーなどとともにトイレに流していたため、乙川らは、トイレにうっかり落としたなどと返答した。

ホ そして、原告の手術中、病院の待合室にいた丙沢は、病院に支払う治療費を取りにいくと言って、二度、前記ホテルの部屋に戻り、うち最初に戻ったときは、約一五ないし二〇分間も同行した旅行会社の社員をロビーで待たせ、部屋でなんらかの用事を済ませてから戻っている。

(6) 包丁の購入とその廃棄等

原告は、本件事故の前日(同月二一日)の夜、ホテル近くの土産物店で、刃渡り約三〇センチメートルのドイツ、ヘンケル社製と思われる包丁を見つけ、日本に持ちかえって山菜取りなどに携帯して使用するつもりで、乙川から代金の一万円を借り受けて、これを購入した。購入の際、刃物であることから税関を通過できるよう厳重に布で包装してもらい、ホテルに持ち帰った。

右の包丁は、一般に料理用に使うもので、日本でも手に入るものである。

そして、右でみたとおり、原告は、右包丁を使って、本件事故を起こしたものであるが、これを、丙沢らに廃棄するよう命じ、乙川が、(現地の)山の方の藪に捨てた(但し、乙川が、何時、包丁を捨てたのかは、証拠上確定できない。)。

(7) 本件事故後の保険金請求の態様

原告は、普通傷害保険は、被保険者が、海外旅行中では適用されないものと考えていたようであるが、事故後僅か一か月余りの間に、被告らに対して保険金の請求をしており、事故後の保険金支払請求はすばやく、過去に二度の保険金支払いを受けていることからしても、保険金の支払制度について熟知していたふしがある。

以上の各事実が認められ、<書証番号略>、証人乙川二郎、同丙沢三郎の各証言並びに原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前記認定事実とその余の前掲各証拠とに照らして信用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  前記認定事実によれば、次のとおりと認められる。

(1) 原告の付保険状況は、その保険料の支払能力等に比して、多数かつ多額の傷害保険に加入しているものであって、しかも、その加入の時期も、事故前の一年間に集中しており、このうち半数にあたる四社については、事故前の昭和六三年三月から四月の一か月の間に立て続けに加入したもので、それらの加入状況は、まったくと言ってよいほど酷似している。

そして、本件各保険契約は、その種類が普通傷害保険を中心に、傷害事故が給付対象となるものばかりであるところ、右契約時の原告の職業(アパート経営及び金融業)等をも考慮すると、その加入形態は、通常人の合理的な理解を越えるものと言わざるを得ない。原告は、多数の保険契約をしたことについて、「保険が好きだから。」とか「心の支えとして加入した。」等と述べているが、十分に説得力のある説明とは、到底いい難い。

(2) また、原告の事故当時の収入として明確なものは、アパートの家賃収入月額約一八万余りのみであるところ、前認定の被告ら八社に対するもののほか、原告が加入している他の保険の各保険料等の額からすると、右収入は、その支払いに耐え得るほどのものでないことは明らかである。原告は、預金等を取り崩していないことから(原告本人尋問の結果)、前記農協共済等からの保険金により保険料を支払っていたものと推察されるが、年間一七〇万円余にも上る保険料を支払わなければならない程の多数かつ多額の保険に加入することは、通常人の常識に反し、不自然であり、本件において、原告からは、この点についての合理的な説明がなされていない。

(3) さらに、原告が、本件事故の際使用した包丁の購入目的も曖昧である。原告は、包丁を山菜取りに使用するつもりであったというが、包丁の形状などからみて山で使用するには、不適当でかつ不便であり、一般には、料理用以外には用いられないものである。しかも、日本国内での購入も可能であるのに、日本への持ち込みが困難と思われる包丁をことさらに買入れ、その厳重な包装を解いてまで切れ味を試したかったとする原告の供述は、不自然と言わざるを得ない。そのうえ、現実には、右包丁を現地で廃棄処分(処分の状況も不明瞭である。)してしまっているのであって、かかる事実関係に照らせば、原告は、当初から、右包丁を現地グアム島のみで使用する目的であったとの疑いを差し挟む余地がある。

(4) 本件事故の態様についても、普段酒を口にしない原告が、事故の直前にウイスキーを飲んでおり、その上で包丁を持つことは危険であることに加え、同席していた乙川や丙沢は、飲酒していて、やしの実ないしそのジュースに特別興味を示していたなどの事情も見出せない(仮に、やしの実のジュースが必要であれば、当時、容易に手に入ったものと推測しうる。)ことなどからすると、極めて唐突で、不自然である。また、やしの実の切断方法も、原告が「恋人岬」で目撃したとする切断方法(ストロー等が入るだけの穴を表皮に開ける。)とも異なるものである。さらには、事故直後の原告らの対応も、異国で、しかも拇指の約半分を完全に切断するという重傷を負ったにしては、ホテルへの連絡もなく、当然あって然るべき原告らの狼狽ぶりや事故による緊迫した状況が認められず、負傷した原告自身が、自ら病院へ行くための指図をしているもので、右事故が偶発的なものであったとするには、不自然なものであり、同行者らの事故時の対応もまた同様に不自然である。

(5) 本件事故による傷害の部位は、本件旅行の約八か月前である昭和六二年一二月に原告宅で起きた事故の際に受けた傷害の部位と一致しており、かつ、それ以外にはなんらの受傷もなく、右部位は、いわゆる故意受傷の一つの典型に属する傷害の部位である。また、指の切断部分さえあれば、縫合が可能であったにもかかわらず、その指を紛失しており、その状況も曖昧で、かつ、捜した様子もないばかりか、「トイレに流した。」という同行者(乙川)の行為を叱責したなどの状況も認められない。かかる事実関係に照らすと、右紛失は、傷害の等級を上げ、多額の保険金を取得するために、原告が故意にした(させた)ものであると推察する余地があり得る。

以上、原告の保険契約締結の動機、短期間の同種かつ多数、多額の保険への加入の理由、収入をはるかに上回る保険料の支払い、過去における保険金請求歴、本件事故及びその前後の態様等、前記諸般の事情を斟酌すると、本件事故は、原告が、昭和六二年一二月の事故と同一部位の左手拇指を損傷することにより、多額の保険金を入手しようと画策して、多数、多額の傷害保険に加入したうえ、偶発的事故を装って故意に作出したものであり、それにより保険金を騙取しようとしたものであると窺えるのであって、前述のとおり、この点についての原告の十分な合理的説明及びそれを基礎付ける事由についての主張、立証のない本件にあっては、本件事故は、原告の故意による受傷と推認せざるを得ない。

そうすると、本件保険契約の約款における故意免責の規定は、当事者間に争いがないので、右約定に基づき、被告らは免責されるものというべきである。

3  よって、被告らの右抗弁は、理由がある。

三したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官田中由子)

別紙<省略>

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